研究の背景

  

究極の大目標「ブラックホール撮像」に向けて


ブラックホールとは、きわめて高密度できわめて強い重力場を持ち、光さえも脱出できない天体です。ブラックホール自体は輝きませんが、ブラックホールに吸い込まれてゆく周囲の物質が電波・赤外線・可視光・X線・γ線などあらゆる電磁波で輝くと考えられています。 ですから、周囲の輝いている場所とブラックホールの位置関係を明らかにすることが、ブラックホールを調査することを意味します。 重要なポイントは、
  • ブラックホールは、輝いている周囲の領域の中で文字通り「黒い穴」として見える
  • 「ブラックホール直径の約10倍以内の領域」で起こっている、さまざまな物理的に特有の現象を研究することが重要
  • ブラックホール直径は質量に比例して決まる。 質量が大きく地球からの距離が近いブラックホールを狙うのが有利
  • 本研究でブラックホールの位置が正確にわかった、とはどういうことか?

    これまでにブラックホール候補天体はたくさん見つかっており、その座標を天文学者達は共有しています。そういう意味では、ブラックホールの位置はわかっているといえます。 しかしその精度は、ブラックホールの大きさに比べて遥かに粗いのです。 たとえば、「あなたの予約した座席は、東京都文京区後楽1-3-61の東京ドームです。」と言われるようなもので、「座席の大きさ」と「場所指定の細かさ」が一致していません。 この違いが大変重要なのです。

    今回の研究では、ブラックホールの位置をブラックホール直径の約2倍に相当する精度で決定しました。 上のたとえ話でいうと、座席の大きさと場所指定の細かさがほぼ一致したことになります。ブラックホールの場所を、初めて適切な精度で指定できるようになったのです。

    ■ブラックホール位置の精密決定の重要性


    あらゆる望遠鏡のなかで、電波を使った観測が最も解像度がよく、ブラックホールそのものの撮像も、近未来に、電波観測で実現できると期待されています。 しかし、ブラックホール周辺の噴出ガス「ジェット」によって電波は遮られ、見通すことが難しいせいで、ブラックホールの位置を知る障壁となっていました。 この壁を超えることが、ブラックホールを撮像するときの課題となります。

    そこで我々は、革新的手法を用い、天文学史上最高の精度でブラックホールの位置を決定することに挑みました。 遮られた領域を奥深く見通すことに成功すれば、将来の究極の目標であるブラックホール撮像に向けて、重要なブレイクスルーとなります。

    ■ 観測技術 VLBI とは?


    Very Long Baseline Interferometer (VLBI) とは、地球の各地に存在する複数の電波望遠鏡を繋ぎ、地球サイズ規模の実効口径を持つ巨大電波望遠鏡を実現する技術です。 これにより、すばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡の100倍以上という、あらゆる天文観測装置の中で圧倒的な解像度と位置精度を実現しています。 近未来のブラックホールの撮像に、最も近い観測装置と言われています。(画像クレジット: NRAO/AUI, http://www.nrao.edu)

    表: 解像度は口径と波長で決まる。 電波のVLBIは波長が長いため不利であるが、 実効口径の大きさで圧倒的な解像度を実現する。

    ■ おとめ座A(M87)


    我々は地球から約5440万光年離れたところにあるおとめ座A(M87)に狙いを定めました。M87はおとめ座方向にある「おとめ座銀河団」の中心部に位置する巨大電波銀河で、その中心には太陽の60億倍という宇宙最大クラスの超巨大ブラックホールを抱えていることが知られています。地球からの距離が近く質量が大きく、将来のブラックホール撮像の最有力候補の1つですから、その位置を正確に知ることは大変重要なのです。実はこの天体、1918年に人類が初めて「宇宙ジェット」を発見した記念すべき天体です。M87は地球から最も近い活動銀河ジェットであることから発見以来長年にわたり詳細な観測がおこなわれてきました。(画像クレジット:(左上)Sloan Digital Sky Suvey, (右上) NASA and the Hubble Heritage Team)